衣替え
衣替えの、季節になり、押し入れをあけると、右角の隅のススけた ブリキの缶が目にはいる。何年発行の英字新聞だろう? 一面に張り巡らされた1ヶ所に、マリリン、 モンローの妖艶な姿が、微笑んでいる。古き映画に写る広告塔のよ うな姿。そこが自分の確固たる場所のように、 あぐらをかいている。今年こそは、 この中味を灰にしょうと手を伸ばす。この家に25年、 移転するときに、なぜか一緒についてきてしまった。何十年も、こ のきしむ蓋を開けてないだろうか、まるで、浦島太郎の玉手箱、一 瞬にして、時の歯車を、逆転させる。この中には、別れた夫との間 に交わした手紙、3年間かきつづった、ねむっている。 貧しくても愛があれば、空腹は満たされ、心は潤っていると思って いた頃のことだ。こんなに日本の言葉が素晴らしく美しいと思った こと、氷点下の夜、何時間もかけ、小さなバイクで愛を届けてくれ たこと、ガンジーがなくなった夜、二人で見上げた空に大きな流れ 星が散っていったこと。この中には、 無垢な二人がいきているのだ。「もう、しばらく、このまま」 どこかで、呟く。今年も開けることなく、過ぎ行く夏。古びた缶が 、宝石のように、煌めく季節になった。
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